「みんなが実験教室をやる世界」を目指すひと
楠 晴奈(くす はるな)
修士(理学)
専門分野:神経行動学
楠 晴奈(くす はるな)さんと話をすると、入社して間もなかった頃、「私、物事を学んだり習得するのに時間が掛かるんです」と漏らしていたことを思い出す。そんな楠さんは今や、人を育てるプロジェクトに無くてはならない存在だ。今回は、そんな楠さんに話を聞いてみた。
(聴き手:佐野 卓郎)
佐野:楠さんはリバネスがまだ設立されて間もない頃からのメンバーですが、知名度もなかったリバネスをどうやって知ったんですか?
楠:リバネスを知ったのは、藤田大悟さんがきっかけですね。当時私は、日本科学未来館のボランティアや科学教育サークル「サイテク」で、藤田さんと一緒に子供向け実験教室などの活動をしていました。科学を変わりやすく伝える活動は、いろいろと学ぶことも多かったし、とても面白かったんです。だから私たち初期のメンバーが引退するときも、「もう少しだけ活動を続けたいな」という気持ちがありました。そんなあるとき、藤田さんが、リバネスのキャリアイベントのポスターを持っていて。聞いてみたら「実験教室をやる会社があるよ」って。「なんで私に黙ってたの!?一緒に連れて行って欲しい!」すぐに、藤田さんと一緒に当時恵比寿にあったリバネス本社で面談をして、インターンシップを始めました。
佐野:リバネスの活動はどうでしたか?
楠:実は私が一番最初に参加したのは、クリスマス会だったんです。当時は役員もメンバーもみんな学生でしたから、クリスマスも学生のノリでしたね。すごく楽しかったです。
実験教室は、白井市の小学校で行っていた教員とリレー形式で行う授業を見学するところから始まりました。その後、初めてメンバーとして参加したのは、都内の進学塾で行ったDNA鑑定の実験教室でした。まだ、実験系が確立していなかったプログラムでしたので、予備実験を何度もやったりしながら、限られた時間と予算内でできる形を一生懸命に模索したのを覚えています。
佐野:リバネスに入ってから色々な企画の開発をしていましたよね。
楠:そうですね。ほかにも、インターンに入って間もなく、空気中の窒素酸化物(NOx)を測定する企画の開発もしたことがあります。当時、修一郎さんからNOxを測るキットをもらって、「折角だし、新企画つくってみなよ」と言われて始めたんですけど。そのキットは、1週間放置しておくことで空気中のNOxを測るもので、そのままだと実験教室では使えません。数分で測れるように色々と工夫をしました。
佐野:もうリバネスに参加して14年が経ちますが、心に残っている出来事ってありますか?
楠:いっぱいありますよ。その中でも私の転機となった出来事がいくつかあります。
まず一つ目ですが、社員として入社してからのことです。私は教材開発事業部に配属されました。そのため最初の2年間は実験教室にほとんど関わることがなかったんです。私はリバネスの実験教室に惚れて入社したのにですよ。その後、教育開発事業部に異動したんですが、久しぶりに参加できた実験教室のプロジェクトが本当に楽しくて、それまでの暗闇がパッと晴れるようでした。そのとき「自分はこれが好きなんだ」と再認識しました。教材開発では、教材や出版物などを通してしかつながれない。私は、現場で直接、科学の楽しさやその可能性を伝えることに生きがいを感じているんだと知ったんです。
佐野:なるほど。教材を媒介するとなかなか伝わらないようなものもありますからねぇ。
楠:はい。ただ、実験教室をやりながら思っていたのは、目の前の企画ひとつひとつを丁寧に作り込んで行ったとしても、目先の小さな変化にはつながるかもしれませんが、果たして世界を変えるほどの力になるんだろうかということでした。
そんなある日、私のQPMIサイクルの原点とも言える出来事がありました。それが「理科実験教室プロジェクト」です。企業の研究者・技術者と一緒に小中学校に出向いて実験教室を展開するという国の委託事業によるプロジェクトでした。日本には多くのものづくり企業があって、面白い技術がたくさんある。それを企業の研究者・技術者とともに教育プログラムにして、実験教室として実施するんです。「これはなんて面白いんだ!」と心躍る思いがしました。
佐野:それって、楠さんが教壇に立つわけでなく、企業の研究者・技術者の方たちが前に立って話すわけですよね?ようは、現場において楠さんは黒子役だってことですよね?
楠:それでもよかったんです。これまでたくさんの実験教室を手掛けてきましたが、それは必ずしも私が講師をするものではありませんでした。私がプロジェクトリーダーをやる中で、講師をやる後輩たちのプレゼンテーションをひたすらブラッシュアップする。誰でも最初は上手に話せないものですが、練習を重ねて上手に話し、伝えられるようになっていくんです。私はその感動を何度も体験してきました。
そのとき、カリスマのような講師ひとりができる教室を作り上げるのではなくて、誰もが話せて感動を伝えられるような実験教室が重要なんだと気付いたんです。
佐野:たくさんのひとが子供の前に立ち、メッセージを伝える。そういった仕組みや文化をつくれるかもしれない「理科実験教室プロジェクト」は本当に面白い取り組みでしたね。
楠:実験教室は、単に実験操作を体験するものではなく、前後にその科学技術にどんな意味があるかなどのストーリーを入れて企画に仕上げます。それはボランティア活動でも心がけてきました。
でもそれだけじゃない。「誰が話すか」も重要になるんです。いろんなひとがそれぞれの経験と知識をもとにメッセージを発する。私のメッセージなんてそのうちのひとつに過ぎないんです。
佐野:現在リバネスは、多くの企業の方たちとともに、その企業の技術をもとにした実験教室を実施し、サポートしていますが。
楠:はい。「理科実験教室プロジェクト」がその始まりというわけですね。
佐野:現在は、人材開発事業部に所属していますね。対象が大人に変わり、子供の教育とは少し違いがありますよね。
楠:子供の世界って、ある意味でとても純朴だと思います。人って年齢が上がるとともにより複雑になっていきますよね。子供は、ワクワクすることに興味をもち、やりたいことや夢があったりします。一方で、実験教室で子供の前に立つ大人は、ドキッとするんです。「自分は一体何がやりたいのか。」社会生活を送る中で「しなければならない」という、責任感とは違った義務感に縛られる大人が、そのまま子供の前に立つわけにはいかないですよね。事前によく考える必要がでてきます。
実験教室では、実は大人の方が多くのことを学んでいるんです。自分の専門分野をわかりやすく伝えるためには、もう一度基礎に帰る必要があるでしょう。自分のビジョンを語るためには、自分が歩んできた道とこれから進む方向をもう一度眺める必要があるかもしれません。大人と子供で立場が違いますが、両者が学び合えるチャンスを実験教室は創り出しているんです。
佐野:楠さんは、今後どのようなことを仕掛けていきますか?
楠:実験教室は準備をするプロセスも含めて、関わるひと全員に多くの学びがあります。私はたくさんの方々に実験教室に関わっていただきたいと考えています。
みんなが実験教室をやる世界。
私はどんな仕事も、企業も、未来のためにあるんだと思います。だから、未来を担う次世代とともに、大人も成長できる仕組みをつくっていきたいと考えています。
子供と対峙したとき、大人は、自分が何者で何を目指しているのかを自身に問いかける。そして自分のビジョンを改めて考える。そんな機会は、現在の社会においては未だ少ない。楠さんは、そんなチャンスが当たり前に存在する社会を創ろうとしている。
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