次世代が活躍する世界から境界線を取り払うひと
前田 里美(まえだ さとみ)
Ph.D
専門分野:Human Factors Psychology、人間工学、心理学
「世界に飛び出す」というと派手やかなイメージがあるが、誰もが気軽にできることではないだろう。前田 里美(まえだ さとみ)さんは、高校を卒業後に日本を飛び出し、単身アメリカに渡った。異国での研究生活を経て、日本に戻った前田さんは今、どのようなビジョンを持っているのか。話を聞いてみた。
(聴き手:佐野 卓郎)
佐野:前田さんは学生時代、アメリカに留学していましたよね?
前田:高校時代の私は、家から逃げ出したかったのかもしれません。実家はしがない本屋をやっていました。こじんまりとしていて。このままでは私自身の視野が狭まるかもしれない。もっと外の世界へと飛び出したかったんです。
じゃあ、どこに行くのか。当時から心理学に興味があった私は、アメリカに行くことにしました。
佐野:アメリカでは、どんな研究をしていたのでしょうか?
前田:もともと私は、臨床心理学に興味を持っていたのですが、学部1年生の授業で「認知」という分野があることを知りました。外界の情報をどのように知覚(Perception)し、解釈しているかを研究するものです。やがて「知覚」、特に「視覚」に興味をもつようになりました。そして、そのまま博士課程まで視覚に関する研究をしていました。
佐野:この研究を続けていこうとは思わなかったのですか?
前田:研究はとても楽しかったのですが、同時に、社会とのつながりが見出せなくなっていきました。ずっとこれを続けていくことに疑問を感じ始めたのです。
一方、その頃の私は、大学で学生のカウンセラーをやっていました。学生の悩みを聞き不安を和らげるような活動は、「ひとの役に立っている」と実感できるものでした。そして、段々と研究者の進路やキャリアを考えるような仕事をしたいと思うようになっていったんです。
佐野:リバネスのことはどこで知ったんですか?
前田:日本に戻って就職しようと考えたとき、私には日本でのネットワークがほとんどありませんでした。企業面接を受けてみても、専門は心理学ですからね。なかなか採用に至らないわけです。とにかく仕事を見つけなければいけない。それなら、まずは日本でインターンをしてみようと。そうじゃないと働く先がない。
そんなとき、インターネットで偶然、リバネスを見つけました。「サイエンスコミュニケーター」というキーワードでヒットしたんです。リバネスなら、研究者としての経験や知識を活かしつつ、様々な活動ができそうだと思い、リバネスを訪れました。
佐野:だから当初、平日インターンシップとして参加したのですね。
前田:はい。2009年のことです。
佐野:リバネスに来て最初に手掛けた仕事ってなんですか?
前田:理系キャリア誌「incu・be(インキュビー)」の記事作成や、日本の良い食材をアメリカで紹介するイベントの仕事をしました。あと、日本の学生をアメリカに連れて行って、現地の研究者を訪れる研修旅行をやりましたね。
佐野:日本の学生をアメリカまで連れていく企画はどうでしたか?
前田:私自身も日本を飛び出してアメリカに行き、色々な経験をしましたから、共感できることが多かったですね。英語を使って現地の研究者とディスカッションし、思うようにいかない経験を経て、自信もつくでしょうし、行動の物理的範囲も広がります。もっと、こういう企画をやりたいと思いました。
それと、私はこの研修の中で、セルフマーケティングの講座をつくりました。グループになって、個々の強みを活かしたビジネスアイデアをつくるというような研修プログラムですが、今でも「キャリアディスカバリーフォーラム」などで、改変されながらも続けて実施されているのは、なんか嬉しいですね。
佐野:最近はどんな仕事をしていますか?
前田:中高校の教員向け研修をやっています。次世代を担う人たちのためにも、海外研修の機会はあってもよいと思うんです。先生方にそこで取り組む内容やノウハウを伝え、海外研修を夫々に実施できれば、もっと多くの若い人たちが海外に行けるし、そこで色んな体験ができると思うんですよね。
今、リバネスでは、中高生のための学会「サイエンスキャッスル」をマレーシアやシンガポールでも実施するようになりました。こういったイベントの中で世界中の中高生が交流するのも面白いと思います。
佐野:前田さんは、なぜそんなに海外を勧めるのでしょうか?やはり、グローバルな視点を得ることに重要性を感じているのでしょうか?
前田:私自身の経験ですね。自分の限界にチャレンジするような経験。日頃、私たちはどうしても自分の環境に境界線をつくってしまうと思います。たとえば、留学するのも、なかなか一歩が踏み出せない。言葉が通じないとか、お金が掛かるとか、向こうでの生活に不安があるとか、理由を付けるわけです。でも、一回踏み出してしまうと「なぜそんなに不安に思っていたのだろう」と疑問に思うことすらあるでしょう。境界線を押し広げていくことで、行動範囲も広がる。その中で、自分を起点に思いを巡らせれば、自分の新たな可能性を見出すこともできるかもしれません。
佐野:今後はどのような取り組みをしていきたいですか?
前田:私は、世界中の有りと有らゆる学校や大学をつなげていきたいんです。そこを中高生や大学生たちが行き来する。その境界線を取り払うような活動です。たとえば、世界中の高校生が、世界地図から大学や研究室を選ぶことができるような感じですね。これからは、翻訳機のようなデバイスの進歩とともに、言語の壁もなくなるでしょう。世界のあらゆる場所に、気軽に自分の環境を広げていける仕組みを創りたいのです。
世界に飛び出せば競争相手もたくさんいます。素敵なライバルにも出会えるかもしれません。学校とか、自分が引いた境界線の中だけに閉じこもるのは、もったいないですよね。