インタビュー

国境を越えて、デザインで現地の課題解決をするひと

デザインで課題解決を促し、世界を変える。そんな情熱を抱えて日本を飛び出したのがリバネス製造開発事業部所属の高木史郎だ。デザイナーとして活躍していた彼は、「美しさの追求」から「デザインで世界を変える」と志を変え、国境を超えて活動してきた。取材で「ただ現地の人たちを笑顔にするために、課題解決をしてきた」と実直に語る高木に、どのような変遷でリバネスに入社したのか、今後、何を仕掛けていきたいのかを聞いた。

高木史郎(shirou takaki)
株式会社リバネス 製造開発事業部所属。多摩美術大学生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻卒業後、デザイン事務所に入社。化粧品などのパッケージデザインを手がける。 2014年よりフィリピン・ボホール州で現地のインキュベーションに携わる。 2017年10月に株式会社グローカリンクに入社し、2018年9月に取締役に就任。2023年5月からリバネスも兼務。

「僕は世界を変えるためのデザインをする」

高木さんは、理系の修士・博士が多いリバネスでは珍しく、デザインのバックグラウンドを持つ方ですよね。

多摩美術大学でプロダクトデザインを学びました。在学中は福島県三島町の産学協同プロジェクトで桐を使用した草履をデザインしたり、「30年後の普段着」というテーマで服の制作に取り組んだり、幅広くさまざまなプロダクトを制作しました。

卒業後はどういった進路を選んだのですか?

「デザインを通じて美しさを追求したい」という強い想いを抱いていたため、デザイン事務所に就職し、大手外資系企業が製造する化粧品などのパッケージのデザインに携わりました。商品のラベルに加え、プロモーションブースの設計、コンセプトボードのデザインなども担当しました。

仕事を通じて「美しさの追求」は進みましたか。

実は、4年働いた段階で、美しさだけを追求することに対する限界を感じるようになりまして。大手企業の製品デザインは分業で進められたり、マーケティング分析に基づく要請に応える必要もあります。「自分が本当に美しいと思うものを、社会に届ける」ことは難しいなと感じるようになりました。

そこで別の進路を考え始めたのでしょうか?

勤め先のデザイン事務所のクライアント担当者だったフィリピン出身の人から影響を受けたことが、転機になりました。ある日突然、その彼が退職してフィリピンに帰国するという話を聞いたのです。理由を聞くと「母国フィリピンでは、私の勤め先の製品が高価で購入できない人が圧倒的に多い。そういった人たちのために、自分が日本企業で培った経験やスキルを役立てたい」と。彼の行動がきっかけで、発展途上国が抱える課題への興味が膨らみました。

また、同時期に話題になっていた『世界を変えるデザイン』(シンシア・スミス著)という本からも影響を受けました。この本では「世界の90%の人々は先進国の人たちにとって当たり前の商品やサービスに縁がない。そして、世界で10%の先進国の人たちのためにデザインは作られている」ということが書かれています。私が今まで手掛けてきたデザインは、世界の10%の人たち向けのものなのだ、と深く考えさせられました。

こうした出来事が重なり、「これからは世界を変えるために何かをデザインしないといけない」という気持ちになりまして。そこで、デザイン事務所を辞めて、青年海外協力隊としてフィリピンに行くことを決めました。

異国の地 フィリピンでリバネスに出会う

随分と思い切った決断をしましたね。迷いはなかったのでしょうか?

なかったですね。「発展途上国の人たちに向けたデザインをやりたい」と勤めていたデザイン事務所や周囲に話しても、取り合ってもらえなかった。その時に「現地に行かなければ実現できないだろうな」という確信を持ったので。

フィリピンでの活動について教えてください。

セブ市からフェリーで約2時間弱のボホール島(Bohol Island)で、青年海外協力隊として活動しました。そこで貿易産業省(日本の経済産業省に当たる機関)に所属し、『FabLab』という施設を活用した起業家育成や現地の190社の小規模事業者支援に関わりました。

FabLabは、デジタルからアナログまで幅広い工作機械を備えた実験的な市民工房のネットワークです。世界中に2,000か所以上の施設があり、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル加工設備が整っています。現在では先進国にも多くの工房がありますが、もともとは発展途上国の人々が必要なものを自ら作る能力を身につけるために始まった取り組みです。

高木さん自身は、どのような仕事をしていたのでしょう?

FabLab Boholは立ち上がったばかりだったため、運営基盤の整備に努めました。主にお土産などを扱う事業者向けのトレーニングワークショップを企画、実施していました。

また、現地の人が身の回りの課題を自分で解決する文化の情勢とボホール発の産業の創出を狙い、「BHL i2i」(idea to contextualized innovation Workshop and Competitionの略)というイベントを開催しました。このイベントは、6ヶ月にわたって現地の学生や研究者が身の回りの課題を解決するアイディアをFablab Boholを活用して形にし、現地で実証を行って、その結果を発表するものです。スポンサーとして、貿易産業相や科学技術省、ボホール州が入っており、メンターには日本の大学生や教授が参加しています。結果、190名が参加し、チームビルディングを行いながら、メンタリングやプロトタイピング、実証を行う10チームを選抜。3チームが入賞しました。

そんな時に、リバネスと出会いました。2017年5月にリバネスはTECH PLANTERのフィリピン大会を開催したのですが、その際、知人から「日本人が下見に来るから、高木も会食に参加しないか」と誘われまして。そこで、リバネス代表の丸さんと徳江 紀穂子さん(現Leave a Nest Singapore Private Ltd 代表)とお会いしました。

まさかフィリピンでリバネスと出会っていたとは、驚きです。

会食の場でFablab Boholの説明をすると「フィリピンでTECH PLANTERを開催するから、参加してみないか」とお誘いをいただき、Boholの研究者や起業家などから4チームがエントリーしました。その中から、ゴミ山で働く人の雇用創出を目的にした廃プラスチックを新材料に変える「プラスチックリサイクルプロジェクト」を発表したチームが企業賞を受賞しました。

企業賞の賞金は20万円で、大卒サラリーマンの初任給が3万円ほどのフィリピンでは大金です。この賞金を開発にあて、フィリピン大学の学生が自費でインターンにくるほどに。DOST(科学技術省)の主催するコンペティションで受賞し、現在もタグビララン市で継続しており規模が拡大しています。

そこからなぜリバネス入社を決意したのでしょうか?そのままフィリピンに残ってFablab Boholを続けるという選択肢もあったと思いますが。

残念ながら、青年海外協力隊は任期が原則2年間のため、Fablab Boholでの仕事を継続することが出来なかったんです。JICA専門家として他の国への赴任を提案されましたが、正直、その国に特別な思い入れはありませんでした。私は、思い入れがある地域で暮らす人たちに対して何か貢献したいという気持ちが強いんですね。であれば、自分の出身地である熊本県で地域テックプランターを開催し、さらに第2の故郷と思っているフィリピンでも活動しているリバネスの方がその思いを実現できると考え、日本に戻りリバネスに入社することを決めました。

最も効果的に知識製造業を実践する場

最初はリバネスの子会社である株式会社グローカリンクに入社しましたよね。

リバネスと入社前面談をする中で、インキュベーション施設をつくる計画が進行していて、「その立ち上げや運営が合っているのでは」と言われ、グローカリンクに入社しました。この施設は「センターオブガレージ(COG)」といい、研究結果の社会実装を目指すベンチャー企業をサポートすることを目的としています。2018年からはグローカリンクの取締役を務めています。

現在はリバネスの社員でもありますよね?

はい、2023年5月からはリバネスも兼任し、製造開発事業部に所属しています。

これまで印象的だったプロジェクトは、やはりCOG立ち上げになるのでしょうか?

そうですね。2017年10月のグローカリンク入社からなので、一番長く関わっているプロジェクトと言えますね。

インキュベーション施設の立ち上げって何をするのでしょう?

想像つかないですよね(笑)。取り組み始めた当初は、私も見当がつきませんでした。というのも、当時はインキュベーション施設が日本で立ち上がりつつあるタイミングだったのですが、「ものづくりに特化したインキュベーション施設」は非常に珍しかった。そのため、緻密に練られた計画に沿って立ち上げるというよりも、必要な設備やコンセプトをゼロから作るところから進めていきました。

具体的に工夫したポイントを教えてください。

まず、ものづくりスタートアップ企業が主に利用する施設なので、「秘密基地感」を出したいなと考え、ガレージをイメージしたデザインにする方針を立てました。そのコンセプトに沿って、施設内のレイアウト、家電製品や工作機器などの設備の選定、看板作成などを進めていきました。また、「皆で作り上げたい」という思いもありまして。グローカリンクだけが主導するのではなく、入居企業や、それからリバネスと関係性があるものづくり企業などを巻き込みながら、設備を整えていきました。

オープンから6年余りを経て、現在のCOGはどのような場になっているのでしょうか?

現在は、大手企業や国内ベンチャー企業、町工場、海外ベンチャーなど42社が入居しています。入居するベンチャー企業に向けたピッチイベントを随時開催したり、未来創発型展示場『ガレージミュージアム』を設けて、地方に拠点をもつベンチャーが訪問した際に詳しく説明することで、企業連携や製品開発などの社会実装を加速させる機会を創出する取り組みもしています。

また、入居企業同士が、それぞれの専門分野を超えて新しい取り組みをするといった動きも出てきています。

具体的な事例を教えてもらえますか。

入居企業である株式会社Eco-Porkと株式会社未来機械が、COGの運営スタッフが仲介することなく、自ら事業連携していたんです。Eco-Porkは養豚農家の生産管理システムを作っており、豚の体重増減や体調をカメラで自動で把握することができる『AI豚カメラ』の開発をしていました。しかし、夏場は気温が高く、チリも多い養豚場ではすぐにカメラが壊れてしまうという課題がありました。

そこでEco-PorkがCOGで入居企業の1社である未来機械に相談したところ、「太陽光パネルの掃除ロボットを製造・販売する我々が持っている技術で解決できるのでは」と話がまとまったということです。屋根に設置する太陽光パネルは、照射や湿度、チリなど養豚場と同じような環境ですから。未来機械が持っていた知識や技術のおかげで、Eco-Porkは『AI豚カメラ』をリリースすることができました。

もはやCOGは、ベンチャー企業が各々ものづくりに取り組んでいるだけの場ではないんですね。

私は、COGは「最も効果的に日常的に知識製造業ができる場」だと思っています。知識製造業とは「知識と知識の組み合わせによって新たな知識をつくりだすこと。そして新たな知識によって未解決の課題を解決する」というリバネスが生み出した概念です。COGでは、社会課題の解決を目指す人たちが多く集まり、それぞれ持つ専門分野を超えて、新しいことに取り組むような動きが醸成されてきています。

まさに知識製造業の実践ですね。

はい。また、海外での施設設立や、他施設との連携も進んでいます。2023年からは、国境を超えてものづくり企業が繋がれるようにマレーシア経済特区サイバージャヤに「センターオブガレージマレーシア(COGMY)」を設立しました。他にも、「リアルテックファンド」を運営するUntroD Capital Japan株式会社の東京オフィスや「リアルテックグローバルファンド」を運営するUntroD Capital Asia Pte Ltdのシンガポールオフィスという4拠点を、空間共有型のコミュニケーションツール「tonari」で繋いでいます。4拠点の接続は始まったばかりでまだ実験段階ですが、今後のCOGの価値のひとつになる予感がしています。

センターオブガレージマレーシア(COGMY)開設の様子
tonari株式会社が提供する空間共有型のコミュニケーションツール「tonari」で、日本・シンガポール・マレーシアにある4拠点を繋いている

フィリピンに、世界に、ネットワークを広げる

高木さんが考えるCOGの価値を教えてください。

現在、リバネスグループには約160人のスタッフが在籍していますが、我々だけでは社会課題を解決し切るのは難しい。しかし、COGという場を世界に広げていくことができたら、ものづくり企業のネットワークが大きくなり、社会課題を解決するスピードも早くなっていくと思います。その役割を果たせる可能性がCOGにはあると考えています。

今後、仕掛けていきたいことはありますか?

まず、COGを、第2の故郷であるフィリピンに展開したいです。実は「センターオブガレージマレーシア(COGMY)」設立より前にフィリピンでCOGを設立する計画がありました。現地調査を進め、現地パートナーも見つけていたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響で計画がストップしてしまいました。数年内に、再度挑戦したいと思っています。

フィリピンで青年海外協力隊の活動をしていた時に、現地の人たちが新しい機械を使ってワクワクしていたり、自分で考えたものが形になった瞬間に笑顔になるのを目にして、その手伝いができたと感じてとても嬉しかったんです。課題解決に取り組む人たちの役に立ちたい。この思いは、フィリピンで活動していた際も、そして活動の場をリバネスに移してからも変わっていません。リバネスで活動を始めてからは、日本が抱える解決すべき課題に対する解像度も上がってきました。課題を解決するためにも、COGに入居する人たちの事業に共感し、より広くサービスを伝えていけるよう尽力していきたいです。

課題解決に挑む場をつくり、そこで生まれる知識製造を活性化する。それが、今後仕掛けていきたい「デザイン」です。

リバネスは通年で修士・博士の採用活動を行っています。 詳しくは採用ページをご確認ください。