インタビュー

研究者と共にワクワクを醸し出すひと

上野 裕子(うえの ゆうこ)
博士(理学)
専門分野:好熱菌・好冷菌のタンパク質の生化学的解析と結晶構造解析

上野裕子(うえの ゆうこ)さんは現在、8名のメンバーを抱える人材開発事業部の部長を任されている。インターンシップとしてリバネスに加わってから、主要なプロジェクトには悉く参画してきた。今回はそんな上野さんに話を聞いてみた。 ※役職は2017年当時

(聴き手:佐野 卓郎)

佐野:どこでリバネスを知ったんですか?

上野:キャリア冊子『incu・be(インキュビー)』で知りました。たまたま、ラボに冊子が回ってきて。そこに掲載されていた丸・高橋両代表の対談記事を見て「これだ!」って思ったんです。
当時、私は博士後期課程1年でした。博士っていうのは、まだ誰も知らない事象を発見して世界に発信するひとですよね。博士にしかない強みや、研究者にしかできないビジネスがある・・・記事にはそう書いてあったんです。
私は研究も科学も大好きです。でも当時は研究ってすごく孤独で、ラボにずっと篭(こも)っていなければいけないと思っていました。そんな研究生活を続けていく自信がなくて。もっと外に出る仕事である「サイエンスを伝える仕事」が私には向いていると考えました。だから、就活のときは科学番組や科学雑誌などメディア系を一生懸命探していたんです。でも、なんか違うなとも感じていました。単に科学的な発見を伝えるだけでよいのか、情報として発信できればよいのか。科学を伝えて、ひとや社会がどのように変化していくのかまでを考えられるような仕事をしていきたいと考えるようになったんです。
『incu・be』の対談記事を読んで、研究者でありながら、科学を伝える仕事、そして社会に変革をもたらしていけるような場所があることを知りました。

佐野:リバネスにはどのようにしてコンタクトしたんですか?

上野:最初は SNSで、丸・高橋両代表に直接絡んでみました。そしたら、「会社説明会合宿があるから来てみたら」と返信が来たんです。
「会社説明会なのに、なんで合宿?」と疑問に思いながらも、担当者からの連絡に従って関ヶ原まで行きました。

佐野:そんなことありましたね。社員合宿を兼ねた会社説明会。あの時は確か、東京本社と大阪事業所のちょうど真ん中の距離にある関ヶ原に集まったんですよ。「天下分け目だ」とか言いながら、東vs西の色々な企画をやっていました。

上野:はい。DNA抽出実験の道具を使いながら、鬼ごっことかをやっていて。それが、初めてのリバネスです。夜は野外でバーベキューをしたり。すごく楽しくて、ここに就職しようと思いました(笑)。

佐野:仕事の内容は理解できていました?

上野:はい、一応。役員陣ともいっぱい話ができたのが、今となっては良かったなと思っています。

佐野:その後、まずはインターンから始めたということですね。参加してみてどうでしたか?

上野:そうですねぇ。当時のインターンは尖ったひとが多くて、思ったことをバンバン言うし、ディスカッションが激しかったんです。自分の考えや想いをぶつけ合って議論しながら企画をつくっていくプロセスが、今まで自分が経験した研究の中にはなくて、とても新鮮でした。
毎週のようにインターンの仲間と飲み会をして、くだらないことを話して、「あれやろう」「これやろう」と議論して、決めたらすごい速度で動き出して・・・そういうのがとても気持ち良かったんです。

佐野:インターンのときは、どんなプロジェクトに取り組んでいましたか?

上野:高校生向け科学誌『someone(サムワン)』が好きで、いっぱい関わりました。

佐野:なぜ『someone』が好きだったんですか?

上野:私は両親の仕事の都合で、小学校はアメリカでした。そこは、科学も国語も音楽も社会も、すべてが並列につながるようなカリキュラムだったんです。科目の線引きに捉われず、色々なことに想いを馳せながら受ける授業はとても楽しかったのを覚えています。『someone』は科学や社会、文化、科学者の思惑など様々なものがつながって表現されています。見た目もイラストが多くて可愛らしくて。そんな『someone』に関わってみたかったんです。

五感をフルに使いながら、リバネスでのインターンに取り組みはじめた上野さん。その後入社し、大きな壁を乗り越えていく。

佐野:2013年に入社して、インターンのときと大きく違うと感じた点はどんなところですか?

上野:同時並行の多さですね。インターンのときは『someone』のことだけを考えていれば良かったんです。全身全霊を集中していました。私がリーダーになったときも、そうやって一生懸命取り組んでいることが、成功へ導く方法だと考えていました。
でも入社してから、プロジェクトを並行して動かす必要が出てきました。今思うと大した量ではなかったんですが、同時並行が本当にできませんでした。一つ一つの仕事を丁寧にできてない自分の不甲斐なさみたいなのを感じていましたね。

佐野:今は、できるようになりましたか?

上野:はい、人並みには。緩急のつけ方を学んだんだと思います。もちろん今だって、色んなところでボロがでることもありますよ。でも、ポイントをしっかりと押えることはできるようになったと思います。

佐野:リバネスに入社して最初に関わったプロジェクトは何でしたか?

上野:私は、入社してからもずっと『someone』をやっていましたね。

佐野:どうでしたか?

上野:つらかったです。丸さんに「お前、実は『someone』好きじゃないだろ」って言われて、一旦辞めたことがあるんですが、そのときはすごくすっきりしたのを覚えてます。
私は入社してからずっと、仕事ができるようになりたくて、スキルばかりを追いかけていました。たとえば冊子制作で言えば、記事が書けるとか、取りまとめができるとか。スキルが低かった私は、日々作業に追われるようになっていったんです。ふと気が付くと、大好きだった『someone』が好きでなくなってしまっていました。

佐野:今思えば、入社してから上野さんの事業部異動があると『someone』自体も紐付いて異動していましたね。

上野:私がメディア開発事業部に異動したときですね。一旦『someone』の担当から外れたのは。その頃、藤田さんや前川さんと「web of RAMEN」や、お笑い芸人の方と一緒に演劇のような企画を展開したり、企画・演出みたいな仕事をたくさんやらせてもらいました。とても面白かったんです。
その経験とノウハウをもって、もう一度『someone』に取り組んだとき、楽しくて楽しくて!一冊をどういう構成にしようかとか、ずっと考えていました。

佐野:現在、人材開発事業部長をやっていると思うんですが。

上野:はい、良いチャンスを頂いたと思っています。部長となると事業部全体のことを考えるわけですが、部長1年目は、お金のことばかりを考えていました。それまでは、売上や利益のことなんて考えたことがなかったですから。
部長になり、これまで担当してきたプロジェクトを後輩に任せる必要が出てきました。後輩を信じてプロジェクトを託すというのは、意外に難しいものでした。
私自身、至らないことばかりで何も達成できなかったのですが、新しい視点をたくさん得ることができました。

佐野: 今後はどのようなことに取り組んでいきたいですか?

上野:最近、人材開発事業部ではQPMI研修というのを展開しています。課題(Question)を見出し、情熱(Passion)をもって取り組むことから始まるQPMIサイクルの実体は、非常に掴みにくいものかもしれませんが、研修を通してQやPを掘り起こし、開花する瞬間を目の当たりにしてきました。この瞬間をもう少し分解して見ていくことはできないだろうか、それによってQPMIサイクルを回し始める基点やインスピレーションみたいなものが見いだせないかと考えています。
そんなことができるのかどうか、今の私にはまだわかりませんが、でも少なからずQPMIサイクルを回している人たちは、すごく楽しそうで、ワクワクしている。そういう人たちをもっと増やしていきたいと思います。

入社以来、異動を重ねること5事業部。環境が変わり自身も成長する中で、『someone』に対する上野さんのアプローチも進化を遂げてきている。様々なプロジェクトが生み出される瞬間に立ち会いながら、今後も多くの研究者とともにワクワクする仕掛けを創り出すだろう。

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