日比の架け橋で技術に根ざした新産業をつくる
平均年齢24歳、人口ボーナスが2060年まで継続すると言われ、今後の急速な発展に期待が集まるフィリピン。一方で、環境、貧困、健康などあらゆる課題が山積している。いま注目すべきは、ボーダレスな考えかたをもち、現地のディープイシューの解決に向け創業した日系ベンチャー企業たちだ。
このたびリバネスでは、こうした企業のサポートをしながら、自らもフィリピン子会社の設立に踏み切った。その代表となるYevgeny Aster Tubola Dulla氏(株式会社リバネス 創業開発事業部)に、現地の課題、そして彼自身が抱く創業の意図についてインタビューした。
参考:フィリピンに東南アジアにおける第3の子会社Leave a Nest Philippines, Inc.を設立|株式会社リバネス プレスリリース
研究をしたくても試薬や設備が買えない
医者とエンジニアを両親に持つYev氏は、幼いころから科学に憧れ、科学技術専門高校に進学。しかし、学校に研究予算がないという問題に直面した。卒論で生分解性プラスチック分解菌について実験をしようとしたが、学内には恒温槽が1台しかない。国際科学コンペの賞金、奨学金を持ち寄り、大工の叔父の協力も仰いで3台自作した。それでも手動なので温度管理や記録には膨大な手間と時間がかかる。
フィリピン大学では生物化学の研究室に入ったが、動物実験の設備がなく、ラットの代わりに地域で購入したウサギを使用せざるを得なかった。そのため、データが出ても公的なジャーナルには投稿できなかった。「そもそも国家が科学技術に資金を投じていないので、国立でも私立でも、ラボにはほとんど研究予算がありません。科学技術省公募の研究費も枠が少なく、そのため競争率が高くなかなか採択されません。」とYev氏は語る。
卒業後はそのまま大学で講師を勤めながら、薬学修士の授業を受けるものの、実践的な研究に携われないもどかしさがあった。試薬は輸入に依存し、半年待ったあげく税関を通過できず入手を諦めた同僚もいたほどだ。
日本で出会ったベンチャーの社会実装力
研究が続けられないならもう自国には居られないという想いが募ったとき、ちょうど熊本大学からフィリピン人の教授が来訪し、HIGO Programという博士課程留学制度を知った。ここなら研究がやりたいできる、そう信じて来日した。
熊本大学での5年間は、刺激的だった。薬理など新たな研究の手技を身につけつつ、副専攻では事業創出について学ぶTechnology and Organizational Managementを選択。次第に、フィリピンでの課題を思い出し、科学技術分野の認知度と就業率向上を目指すべくサイエンスコミュニケーションのビジネスを興そうと、構想を抱き始めた。
大学に講演に来ていたリバネスの丸代表と出会ったのもちょうどこの頃だった。「自分の構想がリバネスの理念と全く重なっていることに感動しました。」博士号取得後2020年5月、満を持して株式会社リバネスに入社。教育、そして創業開発事業に携わりながら、日本のベンチャー企業が研究開発の成果をいち早く社会に実装する様子に圧倒された。例えばモバイル検診デバイスを開発する眼科医ベンチャーがフィリピンのような島嶼国での事業展開も検討する現場に居合わせ、仲間を増やすと共にその社会実装に貢献したいという想いがますます強くなった。
日本の技術で解決し得るディープイシュー
フィリピンでの課題解決に挑戦する3社の事例がある。台風の中でも発電をする垂直軸型マグナス式風力発電を開発するチャレナジー社は、日本以上に島が多く、台風の通り道かつ無電化地域の多いフィリピンに進出し、2017年には現地政府系機関と覚書を締結。今年中には現地で第1号機が稼働する。従来の風力発電が導入できず、環境負荷の大きいディーゼル発電に頼らざるをえなかった島国特有のエネルギーの課題に対し、オフグリッド型の再生可能エネルギーモデルの確立を目指している。
参考:Challenagy Philippines Inc.
また、ポーラスター・スペース社も既にフィリピンで事業を展開しているおり、バナナ生産の課題解決に挑む。衛星データによる農地解析を進める。フィリピンは、果物産業が盛んだ。フィリピン最大の輸出品目であるキャベンディッシュバナナは、新パナマ病の急速な感染拡大による絶滅の危機に瀕していることをご存知だろうか。同社はハイパースペクトルカメラを搭載したバナナだけでも10種類ほどあるが、腐りやすいため輸出できない品目が多い。衛星・ドローンを活用し、世界初の同社の技術で病害早期検出に挑んでいるや、無病の保証がとれれば、青果物産業も振興するかもしれない。
参考:宇宙から世界の課題解決へ リモートセンシングの実利用に挑む| METI Journal
そしてガルデリア社は、フィリピンにはびこる違法なマイクロ金山という課題に挑戦する。金の抽出のために水銀を違法かつ危険に使用し健康・環境被害をおよぼしていると聞きつけ、ガルデリアが培養する微細藻類で金を吸着したいという考えだ。アグリバイオの技術を伸ばし、環境改善の事業の創出に期待が高まる。このように、真っ先に世界に飛び出し、現地の課題に寄り添う日本の技術ベンチャーには大きな期待がかかる。
自国を離れたフィリピン人を呼び戻せ
フィリピン国内ではどのような施策があるだろうか。同国の課題の背景として、まず科学技術教育が盤石ではなく、それゆえに産業が確立していないことが挙げられる。ディープテック分野で学を修めても国内には職がない。したがって、優秀な人ほど国外に流出し進学や就職をするため、なかなかフィリピンには戻らない構図だ。
Yev氏自身もその一人だった。このBrain Drainという人材流出の問題に対しフィリピン政府も長年頭を悩ませてきたが、「Balik Scientist」という、自国を離れたフィリピン人を呼び戻す支援プログラムが始動した。フィリピン現地の受入機関と共に、国のために新たな事業創出を仕掛ければ、助成金が出る仕組みだ。Yev氏もこの制度に採択され、かねてから温めていた構想の通り、国内での起業促進、人材育成を進めていく予定だ。
調和を大切に、日比で新産業をつくる
2021年3月、リバネスフィリピンが設立される。日本から、フィリピンの産業創出に貢献し得る熱いベンチャー企業の事業進出をサポートしながら、長期目線で現地の教育・人材育成活動を継続していきたい考えだ。例えば、先述のような日系ベンチャー企業を講師に招聘し、Balik Scientistプログラムの受入機関であるフィリピンのゲノムセンターの研究員・教員を対象とした、知財戦略、技術移転、会社設立の講義を企画している。
将来的には、フィリピン国内での科学技術分野の創業や、就業率の向上に近づくと信じているYev氏は「現在、フィリピンではまだ科学技術のレベルが高くありません。自国だけでは時間がかかるので、技術導入や事業連携など、他国の協力は必要です。調和性をもって、 日本企業と一緒にフィリピンに貢献していきます」と決意を新たにした。フィリピンの課題解決を通して、日本企業も世界のディープイシューに立ち向かう新たな事業を創出できるであろう。日比の架け橋がつくる新産業の未来に期待したい。
参考:Anihan Technologies is the Grand Winner of TECH PLAN DEMO DAY in the PHILIPPINES 2021
(創業応援 vol.21より転載、一部改変)
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