インタビュー

ニッチだけれど奥深い「昆虫」の世界を、社会に伝えていく人

教育開発事業部の橋本 光平は、自然豊かな北海道の美唄で育ち、幼少期から昆虫や魚と触れ合いながら、生物への興味を育んできた。大学院の研究テーマは「コオロギの社会学習」。そのまま大学で研究を続ける道も考えたが、橋本はアカデミアを離れ、リバネスへ入社した。その選択の裏側に、どのような考えがあったのだろうか。

橋本 光平(Kohei Hashimoto)
北海道出身。北海道大学大学院生命科学院生命科学専攻修士課程修了(生命科学)。在学中はコオロギの社会学習について研究。2023年5月にリバネスに入社し、教育開発事業部に所属。

昆虫好きの少年が、「昆虫の社会学習」の研究者になった

橋本さんの研究分野は昆虫ですね。最初に、昆虫を好きになったきっかけを教えてください。

父は生き物が好きなので、幼少期は釣りや虫取りに連れて行ってくれたんです。その影響で、昆虫や魚に興味を持つようになりました。成長しても生き物への興味は尽きず、中学生になっても、よく友人と昆虫採集に出かけていましたね。

生き物が大好きな少年だったんですね。その後、どのような進路を経て、コオロギの研究に携わるようになったのでしょうか?

高校ではサイエンス全般に興味を持ち、科学部に入りました。大学は生物系がいいと決めていたので、金沢大学の自然システム学類に進学しています。1年次はカリキュラムの関係で総合的に理系科目を学びましたが、やはり生物や昆虫が好きだと思い、生物学コースに進みました。

そこでコオロギの研究に携わるようになったんですね。

はい。大学では「昆虫の脳や学習」について学び、大学院に進学した北海道大学では「コオロギの社会学習」について研究していました。コオロギは周囲の仲間を観察して、学習ができます。例えば、私たち人間は隣の人がおいしそうに食事をしていると「あの食べ物は食べたことがないけれど、きっとおいしいのだろう」と理解しますよね。同じようなことがコオロギもできるんです。

とはいえ、コオロギの社会学習にはまだ多くの謎が残っています。コオロギの脳の神経細胞はおよそ100万個で、人類の10万分の1しかないんですね。まだ研究が進んでいないため、どの部位が学習に関わっているのかがよく分かっていません。また、アリやハチのように社会的な行動をしないので、他の個体をまねる必然性はないのですが、なぜか機能は備わっています。

この謎を解明するため、大学院で行った実験では、ドーパミンニューロンと呼ばれる神経細胞がコオロギの社会学習に関わっていると仮説を立て、複数の異なる実験環境の中にコオロギを置き、ドーパミンの受容阻害剤を与えながら、行動の違いを観察しました。

この実験結果は「ドーパミンニューロンは昆虫の社会学習における報酬信号を媒介する」という論文にまとめましたが、新たな謎や仮説が生まれたため、在学中にはコオロギの学習メカニズムを全て解明することができませんでした。入社後にも新しい論文は発表していて、いつか全容を解明してみたい研究テーマです。

「科学技術の発展と地球貢献を実現する」、壮大なビジョンにワクワクした

修士課程を卒業後、リバネスに入社した橋本さんですが、なぜアカデミアを離れたのでしょうか。そのまま大学で研究を続ける道もあったと思います。

一度、社会に出てみたくなったんです。尖った研究分野なので、このままラボで研究を続け、昆虫の分野で大きな発見をしても、世の中に実装される可能性は薄い。ならば一度アカデミアを出て、社会実装ができる環境に身を置いた方が良いかもと考えまして。そういった理由で修士課程卒業を機に、就職活動を始めてみたんです。

当時はどのような就職先を探していたのでしょうか。ちなみに、橋本さんの周りの生物の研究者は、どのような仕事に就くことが多かったのかも聞いてみたいです。

アカデミアの研究職以外だと、IT業界のSEや企業内の研究職、コンサル業などに就職する人が多かったですね。

私の場合は民間企業の研究職に応募して、面接を受けましたが、正直、ピンとこないものを感じていました。また、今まで積み重ねてきたキャリアやノウハウを切り捨てることに不安があったんです。

アカデミアを離れ、就職したとしても、サイエンスや生物に関わりたいと思っていましたし、修士2年生の頃は研究結果が出始めて研究が面白くなってきたタイミングだったこともあり、博士課程への進学に気持ちが傾いていました。

進路について迷っていた橋本さんですが、最終的にリバネスへ入社することになりました。その出会いはどのようなものだったのでしょうか?

教授宛にリバネスの入社説明会の案内が届き、私にも紹介されたんです。

当時の印象として、色々な企業と連携して事業をしているし、学生に向けて教育活動もしていて、事業内容が多岐に渡ります。説明会には3回参加しましたが、事業の全体像がつかめず、「よくわからない」というのが正直な印象でした。けれど、「面白そう」と感じたのも確かです。

そうしたふんわりとした状態から、なぜ応募したのでしょうか?

直感に近いですね。昔から、気になるものには触れてみよう、挑戦してみようと考えていましたし、目標が高いほどやる気が出るタイプでした。

リバネスは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」という壮大なビジョンを掲げています。生半可な気持ちでは達成できないビジョンですし、説明会では、枠組みにとらわれず、様々なポジションを任されることも紹介されていました。

実現できるかわからない壮大なビジョンと、それを実現するために何でもやる姿勢が求められるなんて、聞いているだけで大変そうじゃないですか。でも、そこが面白そうだと感じましたし、培ってきた経験を社会に実装できる会社かもしれないと思い、応募を決めました。

その時点で、リバネスでやりたいことはありましたか?

事業の中では、学校に出向いてサイエンスの面白さを伝える『出前実験教室』など、教育部門に興味がありました。

それは自分が熱中してきた研究分野を、若い世代に伝えたいと思っていたので、教育に興味があったんです。昆虫が好きな子どもは多いと思いますが、成長するに従って、興味を失ってしまう子も多いですよね。それは昆虫の魅力を伝えるコミュニケーターが世の中にいないからかもしれない。

また、工学や医学などと比べて、昆虫の研究はしばしば「社会の役に立たない」と見なされてしまいます。現に、大学院でも昆虫の研究室は人気がなく、私が所属していたラボも少人数でした。こうした現状を変えるために、教育という観点から何かができそうだと考えていたんです。

研究を続けて良かったと感じさせてくれた、『出前実験教室』のアンケート

橋本さんは2023年5月に入社して、教育開発事業部に所属していますね。約1年半の間、様々なプロジェクトに参加してきたと思いますが、印象深かったものはありますか?

2023年の12月に茨城県立勝田中等教育学校(以下、勝田中学)で実施した『出前実験教室』ですね。この教室は、初めてティーチングマネジャー(TM)を務めたプロジェクトでした。

リバネスは「身近なふしぎを興味に変える」をコンセプトに小中高生に科学・技術の面白さや魅力を届ける『出前実験教室』を展開しています。勝田中学では、株式会社エマルションフローテクノロジーズの取締役CTO長縄弘親さんを講師に招き、レアメタルを分離・抽出してリサイクルする最新技術「エマルションフロー」をテーマに、時間を変えて同日に計3回、実験教室を実施しました。

『出前実験教室』は、2002年の創業以来から続くリバネスの祖業です。基本的に同じ内容を再利用することはなく、毎回異なるコンセプトやチーム、実験内容、コアメッセージを用意します。また、中高生が対象なので、事前知識がなくても理解できるように、講義の内容をチューニングする必要があります。

こうした「相手に合わせて最適なプロセスを選ぶ」「誰にでもわかりやすく伝える」などの姿勢は他分野の事業進行にも応用できる、と先輩から教わっていましたが、勝田中学のプロジェクトを進める中で、本当にそうなんだと腹落ちしました。

茨城県立勝田中等教育学校での出前実験教室の様子(2023年12月)

また、『出前実験教室』では私自身が教壇に立って、講義や実験を進行しました。大人数の前でプレゼンテーションをした経験がなかったので、何度も何度も練習して。本番は緊張してしまいましたが、同じ日に合計3回講義ができたので、数を重ねるほど慣れてきて、無事に終えることができました。

写真ではすごく良い笑顔で写っていますね。きっと手応えも大きかったのではないでしょうか。

そうですね。生徒からの反響も大きくて。アンケートでは長縄さんの「エマルションフロー」の感想はもちろん、教室で私の研究内容を話したことから「コオロギの話が面白かった」と書いてくれた生徒もいたんです。

アンケートを見ながら、コアメッセージが伝わったと手応えを感じましたし、自分の研究経験が社会に受け入れられたと感じました。

入社から約1年半の間で、どんなところが成長したと感じていますか?

チームでプロジェクトを動かしていく力は伸びていると思います。

大学院のラボでは少人数で動くことが多く、自分自身がどれだけコミットできるかが問われました。一方、リバネスに入社してからは一人ではできなかった大きなプロジェクトにも参加できましたし、チーム全体を見ながら連携していく場面も増えました。

先輩と一緒にプロジェクトに取り組む中で学ぶことも多く、日々刺激をもらっています。

最後に、今後はリバネスでどのようなことを手がけていきたいですか?

やはり昆虫に関するプロジェクトですね。リバネスは様々な研究に携わり、修士・博士課程を修了した研究者集団ですが、昆虫をテーマにしている人はほぼいません。そこは自分がやるべき領域だろうと考えています。

まだ具体的なプロジェクトには落とし込めていないのですが、昆虫の性質とテクノロジーを掛け合わせた分野が面白いと思っていて。例えば、光源を利用して昆虫の行動をコントロールする技術を開発している研究者がいますが、そのような技術に注目しています。

リバネスは、未解決の課題を科学技術の集合体で解決するために、「テックプランター」と称して、アジア最大のディープテックベンチャーエコシステムを形成しています。昆虫の研究者にプログラムに参加してもらい、テクノロジーを持つ方々とタッグを組んでもらうなど、研究者を後押しできるように動いていきたいです。

◆◇◆リバネスは通年で修士・博士の採用活動を行っています。 詳しくは採用ページをご確認ください。