インタビュー

脳の謎を解明するために「科学のスピード」を上げるひと

「人生をかけて突き詰めたいものが脳だった」と語るほど、脳に対して猛烈な好奇心を抱いてきたのが研究開発事業部の八木 佐一郎だ。大学院では、ラットの海馬神経細胞の活動と学習の関係を調べる研究に従事してポスドクまで進んだ。そんな彼が、なぜアカデミアで脳を研究することに区切りをつけて、リバネスに入社をしたのか。そして、リバネスで何を成し遂げたいのか。少年時代から抱く「脳と科学」に対する想いの変遷を聞いた。

八木 佐一郎(Saichiro Yagi)
株式会社リバネス 研究開発事業部所属。滋賀県出身。東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程修了(薬学博士)。在学中はラットの海馬神経細胞の活動と学習の関係を調べる研究に従事。研究者の閉鎖的なネットワークや膨大な先行研究の把握に課題を感じ、研究者が研究に集中できない環境にあると考えた。サイエンスブリッジコミュニケーターが課題解決の糸口になると考え、2021年に入社。

「魂は脳のどこにあるんだろう」という疑問から研究者へ

八木さんがサイエンスに興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

脳に興味を持ったのがはじまりです。小学生の頃から、人生や魂について考えていて、「魂があるなら脳のどこにあるんだろう」という疑問を持っていました。そこから、「脳が一部損傷しても生きている人がいる中で、魂はどこにあるんだろう」「脳は神経細胞でできているけど、神経細胞の中に魂はないだろうな」といったことを、なんとなくいつも考えていましたね。

小学生の頃とはずいぶん早いですね。その後、八木少年はどのような成長を?

中学生の頃に、東京大学薬学部・池谷裕二教授の著書『進化しすぎた脳』に出会ったことで、「脳の仕組みを知るのって面白いな」と感じました。「新しいことを知る」というサイエンスの面白さを体験したのは、その時が初めてだったような気がします。

その後、高校生の文理選択の際に「今後の人生で、突き詰めるなら何がいいか」と考えたんです。そこで私は「脳を調べるために、研究者として生きたい」と確信し、理系の道に進みました。

自分が80歳になるまでに、実験を何サイクル回せるのか

大学以降はどのような研究をしていたのでしょうか?

大学の研究室では、脳の活動による意識の生まれ方に関する論文を読んだり、脳にあるタンパク質を研究するためマウスを使った行動実験や記憶の実験を行ったりしていました。大学院では、中学生の頃に脳の面白さを教えてくれた東京大学・池谷裕二教授の研究室に進学。海馬神経細胞の活動と学習の関係を調べるために、ラットの脳に電極を挿して海馬の神経細胞の活動を記録し、データ解析をしていました。

修士・博士に進学して、「脳とは何か」に対する答えは見つかりましたか?

いや、脳に関してはまだまだわからないことだらけで……。そもそも脳に関する実験は、とても時間がかかります。ひとつの論文を完成させるのに2〜3年かける人もめずらしくありません。ラットの脳波を感知する電極を作るのに2〜3週間、作った電極をラットに埋め込む手術で一苦労。やっと電極を埋められたところから記録を取るのに1カ月、取れた記録の解析にも1年以上かかることもある、という感じですから。

時間がかかることに対して、八木さんはどのような気持ちで向き合っていたのでしょうか?

博士に進学する頃には「このスピードでは、脳を理解する日は来ないのでは……」という不安を感じていました。1回の実験で、劇的に脳の仕組みが解明されることはありません。ですので、私が80歳まで生きるとして、この実験サイクルを何回行えるのか、その時点でどれくらい脳の仕組みが解明されているのだろうかということをなんとなく想像していました。同時に、脳を測定する技術など、周辺の科学技術が発展しない限り、脳の謎を解明はできないかもしれないと感じていました。

そこからどのようにリバネスにたどり着いたのでしょうか?

以前からリバネス研究費でリバネスの存在は知っていました。その後、研究者以外の道を調べているときに、リバネスがリバネス研究費だけでなく、教育やベンチャー支援など幅広く活動をしていることを知りました。博士の頃には、リバネスの役員・社員と「世界を変えるための挑戦」を語り合う場である『visionary cafe』や、大学・研究機関、大企業、ベンチャー、町工場などバックグラウンドが異なる人たちが集まる学会『超異分野学会』に参加しました。

その中で、先端の科学技術に関する正しい知識を身につけ、やりとりをする対象に合わせてわかりやすく伝える『サイエンスブリッジコミュニケーション』というリバネスが提唱する概念を知り、これは研究者に必要なものなのだと強く思ったんです。

なぜそう思ったのでしょうか?

自分の専門とは違う分野の人たちと交流することで、研究が進むという実感があったからです。博士時代に「脳科学若手の会」という活動に所属していて、そこでシステムを構築して脳のシミュレーションをしている研究者と出会いました。テーマとして扱っているのは同じ脳でも、生物系の自分とは異なるアプローチをしていて、その方と話す中でとても多くのことを学びましたし、実際に自分の研究にも応用できました。そうした経験から他分野との交流の重要性を認識し、サイエンスブリッジコミュニケーションのアプローチをやってみたいと思うようになったんです。

最終的な入社の決め手はなんだったのでしょうか?

科学技術そのものを発展させるために、分野に縛られずプロジェクトを推進しているところが決め手になりました。リバネスは常に、理念に掲げる「科学技術の発展と地球貢献を実現する」のために何をするべきかを考え、実際に行動している組織です。課題解決のためには、どんな領域でも飛び込んで、どんな技術でも取り入れていく姿勢があります。そんなところに惹かれました。

予想していなかったものが生まれる、それが知識製造イグニッション

八木さんは2023年4月に入社して、研究開発事業部に所属してますね。リバネスに入社してから「科学のスピードを上げている」という手応えは感じていますか?

はい、あります。研究開発事業部では、私が入社するきっかけとなった超異分野学会を運営しています。その中のプログラムである「知識製造イグニッション」では、想像していなかった事業アイデアが生まれて、私自身も驚くことが多いです。

超異分野学会は、大学・研究機関、大企業、ベンチャー、町工場などバックグラウンドが異なる人々が集まる場。異分野の研究者たちが1つのトピックについて語るパネルセッションや、研究内容を発表するポスター・ブース展示などのコンテンツを実施

知識製造イグニッションとは、どのようなプログラムなのでしょう?

超異分野学会の場で参加者同士の対話から生まれた連携プロジェクト案を、当日の後半にピッチ形式で発表するプログラムです。超異分野学会には、それぞれの所属で“研究”をしている人たちが集まります。そうすると、「この研究と私のやっていることを組み合わせてみると面白そう」「この技術があるとこの課題は解決されるのでは?」といったコミュニケーションがあちこちで生まれるんです。そこで生まれたアイデアを、最後にピッチ形式で発表します。

これまでで特に印象に残っているアイデアを教えてください。

超異分野学会 豊橋フォーラム2023の知識製造イグニッションでは、日本の伝統技術である「折り紙」の文化を工学分野に応用した「折り工学」を用いて事業展開する株式会社OUTSENSEが、豊橋市に拠点を置くコーヒーメーカーであるワルツ株式会社と連携し、新たな機能性があるコーヒーフィルターのアイデアを発表しました。

※両社の連携はそこからさらに進み、超異分野学会2024 豊橋フォーラムで「異分野連携で見直す既存ビジネス 〜ヒトはなぜコーヒーを“淹れる”のか〜」と題したパネルセッションを実施

超異分野学会 豊橋フォーラム2023のイグニッションで発表する株式会社OUTSENSE CTOの石松慎太郎氏

知識製造イグニッションでは、なぜこのようなアイデアが生まれるのでしょう?

まだ私も詳細に言語化できていませんが、重要な要素に「パッション」があると確信しています。というのも、実際に参加した人たちに感想を聞くと「こんなアイデアが生まれるとは思わなかった」という答えが多いんですね。つまり、参加者自身もまずは話してみないとわからないし、やってみないとわからない。そんな中で、熱意を持って誰かに自らの考えを伝えることで、連携が生まれる。そういう場に知識製造イグニッションがなっていると感じます。

これからリバネスでどんなことに挑戦したいですか?

超異分野学会で、パネルセッションのモデレーターに挑戦し、自分自身が主導して新たな研究テーマをつくりたいです。超異分野学会が、今までに研究の世界になかった新しいものが生まれる発端になっていることは、確信しています。これからは超異分野学会をさらに進化させて、科学技術の発展を実現していきたいです。

リバネスは通年で修士・博士の採用活動を行っています。 詳しくは採用ページをご確認ください。